第十記:そこには誰もいなかった

「俺の名は勝尾堅だ、高知生まれの高知育ちだ、よろしくなっ!!」

野球部の部室で堅がちょっとばかり声を荒げて言った。
堅が入部して1週間後の今日のことである。

「ごめんね、下の名前知ってたからついつい聞きそびれちゃって・・・」

「歓迎すべき新入部員に対する態度じゃねぇぜよ、まったくよー」

不機嫌そうに堅が答えると、
うつむいたまま何やら考え事をしていた有児がスクリと立ち上がった。

「いいか、堅の苗字について語ってる場合じゃねぇ、部員を集める方法を探すんだよ」

これまた不機嫌そうに有児が言ってのける。
実は、先週の相撲部勧誘以来、野球部の噂は広まり、
他の部は野球部が近づいてくる気配を感じると・・・・

「反野球部同盟加盟部」

「さようなら野球部」

「軽音楽部は廃部になりました」

などといった貼り紙をたて続けに部室の入り口に貼り付け、
野球部を入れさせないようにする体制が整っているのである。

「あれじゃあ部員なんて集まりっこないよ、あれだけ募集の貼り紙もしたのに
 効果がないんだからあきらめた方が・・・」

苦笑いに近いような表情で青太郎が言う。
この男はやはり1ヶ月でやめるつもりなのだ。
が、状況は、いや有児は青太郎を許しはしない。

「いや、俺は秋の大会までは絶対にあきらめんぞ、
 せっかくメンバーが3人になったんだぞ、ここまで来てやめられるか!」

「あと6人・・・だな、考えてもラチがあかねぇ、有児、青太郎、練習でもしようぜ」

堅がバットをつかんでおもむろに立ち上がった。

「くっ・・・それもそうだな、俺が軽く投げてやるから打撃練習でもするぞ。
 はる、何か勧誘の案を考えといてくれ、頼んだぞ」

「むぅ・・・そんなの思い浮かぶわけないって・・・
 大体、真黒君の勧誘方法は絶対問題が・・・・・・あれ?」

そこには誰もいなかった。

有児が立っていたのはマウンドだった。
バッターボックスには不安そうに青太郎が立っている。
その後ろでミットを構えているのは堅である。

「おいおい、せめてバットにあてろ!球をよく見やがれ!!」

「そんなこと言っても、真黒君の速球なんて打てるわけないよ。
 せめて、もうちょっとゆっくり投げてほしい・・・」

「まったくよ、俺だって初心者だぜ、そんなのいきなりとれるかよ」

ボールが直撃した腹をさすりながら堅も言った。

「あ・・・それもそうだな、んじゃ、もうちょいゆっくり投げるぞっ!」

ちょっと照れ笑いしたところで、再び構えた有児の手から放たれたボールは
なだらかな山なりを描き堅のミットに向かう。
そして青太郎のバットはその20cmほど上の空をなでる。

「だぁ・・・こりゃ時間かかりそうだな、しゃーない、次は堅、お前だ!
 青太郎はプロテクターつけてキャッチャー交替だ」

青太郎はおどおどしながらプロテクターをつけている。
一方の堅は、ようやくバットを握れてうれしそうだ。

「へへ、どうやらこの調子じゃ俺が4番キャッチャーになりそうだぜ。
 お前の速球うけとめるとなると、結構時間がかかるしよー」

「そうだな、今のうちに決めとくのも悪くない、捕手はお前で決まりだ。
 だが4番はわからんぜ・・・!」

有児は再びゆるやかな山なりを描き、ミットを狙う。
堅のバットは激しい轟音をあげながらその20cmほど上の空を斬る。

「ちぃ・・・もういっちょ来い!」

「スイングは悪くねぇ、だがそれじゃー当たらんぜ、堅」

「なにっ・・・?」

「振り回すだけじゃー当たらねぇってことだ、1度、狙って当ててみろ」

そういうと、有児はスローボールを繰り出す。
さっきからのボールよりもさらに遅い球だ。
堅のバットからは轟音が消え、ボールはバットに芯でとらえられた。
ボールはカッという音とともに打席から外野まで、大きな山を描いた。

「おお・・・当たったぜ!」

「まぁそう喜ぶな、あんなのは小学生でも打てる。
 喜ぶのは大学野球の球を打てるようになってからだぜ・・・!
 とりあえず、感覚をつかんだところで素振り100回だ、俺がバシバシ指導してやる!」

「普通は素振りの後に打撃すんじゃねのーのか・・・?」

「いいから!俺の言うとおりやっときゃ間違いねぇ・・!」

有児の声で、堅とプロテクターをはずした青太郎は
おもむろにバットをもって、素振りを始めた。

「お、やってるわねー」

そこに春瀬が部室からでてきた。

「お、はるじゃねーか、何かいい案思いついたのか?」

どことなくウズウズしているように見える有児に
春瀬は落ち着いて言った。

「ん〜、貼り紙は効果なし、他の部がシャットアウトなら方法はひとつしかないっしょ」

「ひとつ・・・ひとつあったのか!?」

有児のウズウズはいよいよ表情にあらわれた。
春瀬は相変わらずの落ち着いた口調で続ける。

「うん、部費免除で雇えばいいのよ、これなら可能性あると思う・・・」

「それだ!!・・・・しかし部費免除か、どうするかな、バットもグラブも9人分はここにはねぇ。
 6人分の部費がはいらないとすると、こりゃ痛いぜ・・・」

「部費免除は最後の切り札にして、他の案を考えたほうがよさそうかな・・・」

素振りをしていた青太郎が珍しく会話に加わる。
自信のなさそうな口調は相変わらずだ。

「それが理想ではあるがな、他の案なんざあるのかよ、青太郎」

「うーん、部室にこもってるところを入り口でずっと待ってるってのはさすがにダメかなぁ」

「・・・それだよそれ!何で今までそんな単純なことが思いつかなかったんだ!!
 いわゆる兵糧攻めにしちまえば敵さんもでてくるってもんだ・・・!」

と、喜んだ有児であったが・・・

「おい、そりゃいいから素振りサボるんじゃねぇ!」

「はは・・・」

ちょっとガッカリしたような返事をして、青太郎は再び素振りを始めた。
が、見てて哀しくなるくらいに不恰好な素振りであった。
両腕は伸びきり、振った際にはバットの重みで身体が前につっこんでいる。

「むぅ・・・、左場君、バットに振られてるわねぇ・・・いい?左ひじはこうで、左足を・・・」

見てられなくなったのか、手取り足取りで指導を始める春瀬。
・・・・えぇ??
3人は今、あまりにも意外な事態が起こっていることに気がついた。

「お、おい・・・はる、お前高校時代野球やってたのか?」

呆然とする3人、そしてあっさりと答える春瀬。

「え?高校時代はバスケ部だったけど・・・マネージャーじゃなくて選手ね」

「あ、いや、待て、なんでバスケ部が野球に詳しいんだよ・・・おかしいじゃねぇかよ・・・」

あっさりとした春瀬とは対称的に、明らかに困惑気味な有児。

「むぅ・・・父さんがプロ野球よく見てたから、多分それのせいじゃないの?
 詳しいってほどでもないと思うけど・・・」

「うーん、そんなもんなのか・・・」

何か腑(ふ)に落ちないまま、その場は納得した。
ただし堅をのぞいては、だが。

おいおい、んなわけねーだろーよ・・・こいつぁー何か隠してるぜ・・・

その場はひとまず落ち着き、2人は再び素振りを続けた。
気がつけば、素振りの回数は100など随分前に過ぎていることに
青太郎は気付いていたが、状況・・・いや、ここでも有児の存在が許さなかった。

そして、夕日が沈みかけた頃だった。

「さて、そんじゃー今日はここらで終わっとくか、本当はまだ続けたいところだがな。
 部員が9人以上になったらこんなもんじゃーすまさんぜ・・・!」

「うし、上等だ、今日はもう腹減ってしゃーねーぜ」

汗だくの堅が余裕の笑みを浮かべながらも、腹の虫はおさまらない。
そこで有児はひらめいた。

「よし、ここはひとつ4人でぱーっとラメーンでもどうだ!」
ここでようやく解説しておこう、パワプロ6にて、「ラメーン」という誤字が存在したことを!
有児がその言葉を口にした瞬間、3人の目線は有児に集中した。
まるで獲物を見つけた時の虎の様に。

「真黒君もちょっとは気前いいとこあるじゃない!」

春瀬が今までのあっさりとした態度を一転させた。

「おい、俺は何もおごるとは・・・」

「有児、お前はキャプテンだぜ、やっぱよー!!俺、今日ちょうど一文無しだったんだよな」

堅がニヤリとした表情で有児をはじめてキャプテンと呼んだ。

「おい、俺はおごらねぇって・・・」

「あ、じゃあ僕も今夜はご馳走になろうかな・・・」

青太郎がいつもの自信なさげな態度で、しかし嬉しそうに2人に続いた。

「こら、青太郎、お前まで!
 俺はおごらんぞ!おい、こら、聞いてるのか!?・・・あれ?」

そこには誰もいなかった。
3人はすでに部室で、おもわず爆笑。
結局この日、有児は痛い出費をするハメになったらしい。

続く

キャラクターデータ
勝尾堅 左投左打、スタンダード
GDEEG
弾道2
エラー率G
特殊能力:バント×、タイムリーエラー、三振男