第十二記:激闘!龍虎決着の必殺剣(前編)

「みんな、なかなかの情報をGETしたぜ!」

有児、青太郎、堅と春瀬の4人がグラウンドでこの言葉に注目した。

「剣道部に強力な苦学生あり、部費免除作戦にのる確率も高いぞ・・・!」

参蔵はあの入部の日以来、自称超強力情報網を頼りに
練習もロクにせず、学内をほっつきまわっていたのだ。
そして、その成果がこれらの言葉だった。

「ほう、強力な、ってのは剣道がか?バットコントロールが良さそうだな・・・
 さっそく訪ねてみるか、部室はガードが固いからそいつがひとりの時にな」

参蔵はこう続けた。

「そいつの名は田井周矢(たい しゅうや)。詳しくは知らねーけど・・・」

「なに、田井だと・・・!?」

「堅、知ってるのか?」

堅は、ん?と意外そうな顔をしながらも答えた。

「俺も詳しくは知らん、だが相当な達人だぞ。お前らも熱血大剣道部の強さは知ってるだろ。
 キャプテン酒井と田井、この2人は大学剣道会では敵なんかいねーぜ、よぉ」

熱血大学剣道部・・・野球部こそ廃部寸前ではあるが、他の体育部会の成績は優秀である。
特に剣道部の強さは相当なものがあり、いまや日本一とも呼べる強豪。
田井という男はその原動力の1人だ、というのである。

「むぅ・・・そんな人が野球部に入るって考えられないじゃん・・・」

「なんだ、堅の話聞いたら早速無理っぽそうじゃねーか・・・一応勧誘はするけどな。
 いいか、部活の帰りを襲うぞ。ふふ・・・田井周矢か、待ってやがれ・・・!」

「さてと、そんじゃ俺もそろそろ練習するかな」

ようやくと言わんばかりに参蔵はバットを握り素振りを始めた。
青太郎と堅もそれに続いた。

「へぇ・・・参蔵いいじゃねーの、即戦力、とまではいかねぇが・・・」

「むぅ・・・下半身が安定してるからバットに振られないわけよね。
 左場君はまずは走り込みから始めたほうがいいんじゃない?」

「ああ、それがいいな、青太郎は毎日グラウンド10周だ・・・!」

「ひぃ・・・で、でもあと1週間で野球部抜けれるんだった・・・それまでもつかなぁ・・・」

おいおい、自称野球素人がなんで下半身の安定云々を言えるんだよ、
やっぱ何かあるんじゃねぇのか・・・?

堅の密かな疑問をよそに、時間は着々と進んでいった。
 
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そして、日が沈み、辺りが暗くなってきた頃。
5人は木陰に隠れ、こっそりと剣道部の前を覗いていた。

「俺の情報網によれば、田井は相当なカタブツで、見ればわかるらしいぜ」

「むぅ・・・、なんか適当な情報よね」

「お、剣道部から何人か出てくるぞ、どっかに食いにいくんじゃねーのか?」

堅の言うとおり、部活を終えた男が4〜5人で出て行った。
そして、その後ろから1人の男が姿を現した。
その男に4〜5人の男の一人が声をかける。

「本当にいかね〜のか?たまには付き合えよな〜!」

「俺は遠慮しておく、悪いな」

そんなやりとりを見ていた野球部。

「・・・あれが田井じゃねーのか?見るからにカタブツだぜ、よぉ」

身長は185mほどだろうか、しっかりとした体格で、目付きは鋭く、
髪型は最近の大学生らしくない。根っからのなスポーツマンのようだ。

「どうだろうな。よし、ひとりになったところだ、囲むぞ・・・!」

「それって不良っぽいんじゃ・・・」

「るせー、逃げられるよりはましだろうが。そら、いくぞ・・・!」

有児が合図すると、有児、堅、参蔵、春瀬、少し遅れて青太郎が
帰路についていた男を囲んだ。男は静かに足を止めた。

「何の用だ・・・」

「剣道部の田井周矢だな・・・?」

「何の用だと聞いている」

男の発する威圧感に早くも青太郎は腰が引けている。
他の4人も何か異様な雰囲気を感じていた。

「率直に言って、お前が田井であるならば、野球部に入部してもらいたい・・・!」

「・・・断る」

冷や汗をかく有児。

「待て、まず聞く。お前は田井なのか、違うのか・・・?」

「嘘をつく必要もあるまいな、俺が田井周矢だ・・・貴様らは野球部だな?
 他所の部員をあさるクソどもが・・・」

5人に囲まれてもまったく臆することなく、
むしろ威圧するように田井は自らの名を明かした。

「そうクソって言うない、お前の情報は入ってる、金に困ってるんだろ・・・?」

「・・・ゆするつもりか」

「そうじゃねぇ、部費免除でお前を雇いたい」

「金の為に剣道を捨てる俺に見えるか・・・?」

焦る有児ではあったが、得意の話術を失敗することなく展開させる。
しかし、どう説得しても「不可能」、この3文字が頭をよぎる。
大抵の場合、強い者ほど入れ込んだものへの情熱は激しい、それを知っているからだ。

「見えん。だが、お前も剣道でそろそろ天下が見えたんじゃねーのか・・・?
 剣道で天下を取ったんだ、別のことでも天下をとるってのも悪くねぇだろ・・・!」

・・・苦しい、さすがの有児でも今回は無理だな、こりゃーよ。
これほどの人がそんな文句におちるとは思えないよね・・・

「・・・いいだろう」

「くそっ、やはり・・・・って、ええ!?」

内心、すでに諦めつつあった有児・・・
いや、野球部にとっては、あまりにも意外な反応であった。

「ただし条件がある、俺は高校・大学では剣道では無敗、
 自分で言うのもなんだが、世界レベルでも負ける要素などないと思っている」

「ほぉ、大した自信じゃないか。で、条件ってのは?」

先程とは違った焦りを見せた有児はペースを乱しつつも
あまりにも堂々と、かつ静かに話す周矢に上目遣いで問いただした。

「唯一決着のついていない男がいる。そいつと勝負して俺が勝ったら剣道に未練はない」

「その男の名は・・・?」


・・・その場全体が息をのむ。

「酒井」

男の名は酒井。

「熱血大学剣道部主将にして剣道界最強と呼ばれる男だ・・・
 明日、道場で決着をつける、仮に負けたら野球部には入らん、それでいいな」

そう言うと、有児が頷(うなづ)くことを確認することなく
田井は静かに有児の横を通り過ぎていった。

しばらくその場に沈黙が訪れた。

それをやぶったのは堅であった。

「・・・予想外じゃねぇか、よぉ有児。しかしこりゃ名勝負が見れそうだぜ。
 なんてったって剣道の世界最強を決める対決だからな」

「へへへ、感謝しろよ!俺の情報網のおかげだからなっ」

場に可能性が生まれた喜びがようやくあらわれ始めた。

「だが、まだ入部が決まったわけじゃねぇ。酒井はキャプテンなんだろ?
 ま、勝負に負けたら何言っても入部しねぇだろうから、運に頼るしかねぇな。
 あくまで頂点に立ってから・・・か、気にいったぜ、田井周矢・・・!」

4月4週、都市六大学リーグ春季大会開幕まであと2週間しか残されてはいない。
あと2週間で5人を勧誘しなければならない、その1人目が周矢になることを一向は祈りつつ・・・

続く