第十三記:激闘!龍虎決着の必殺剣(後編)

有児達が田井周矢に約束を取り付けた次の日の午後、
熱血大学が誇る広々とした剣道場にざわめきが起こった。
無論、その騒ぎの中心にいたのは酒井と田井であった。

「田井、お前が冗談を言う人間には思えんが・・・正気か?」

「剣道で俺の上にいる者がいない、理由はそれだけで充分だろう」

人間には向上心というものがあり、それが強い人間は成長しやすい。
しかしながら、それがなくなった時、成長は止まるものなのだ。

「田井よぉ〜、野球部にそそのかされるこたぁねぇ、真黒って奴はペテン師だぜ」

騒ぎの中、ある剣道部員が言った。実にまっとうな意見だ。

「まぁいい・・・俺が勝てばいいだけの話だ、お前を剣道部から逃がしやしない・・・!
 柳生、木刀を持ってこい、竹刀はいらんぞ、早くだ!
 伊藤、宮本、佐々木、お前らは審判をやれ!」

「木刀か・・・そうでなくては面白くないな」

そんな中、有児達が剣道場に現れた。

「よぉ、そろそろ始まる頃みたいだな・・・!」

「野球部か・・・てめぇ田井をそそのかしやがって!」

「ひでぇ言い様だな、田井は剣道で天下を取ったから
 今度は野球でも天下を取るってんだ、素直に応援してやれよ」

「ちっ、評判どおりの言い様じゃねーか・・・」

「君らが野球部か、残念だが田井の野球部入りはないぞ、俺は負けないからな」

「田井が勝とうが酒井が勝とうが俺達に文句はねぇ。勝負の結果にすべてをまかせるさ」

田井・酒井の2人は防具をつけ、木刀を受け取ると剣道場の中央で構えた。
周りの部員や有児達は道場の隅に座った。

「よぉ、せっかくだから解説してくれよ」

堅が先ほど木刀を持ってきた柳生という部員の隣に座り、言った。
柳生はしぶしぶとした顔で堅をにらんだ。

「俺も2人が本気で勝負してるのを見たことがないんだよ、
 普段は大会前でもほとんど打ち合うことがないからな」

「お互い、相手の強さをよく知ってるわけだからな。
 本気でやって負けるのを心のどこかで恐れてたんじゃねぇかな」

「・・・そうかもしれん、お前は元相撲部だっけ?」

「ああ。・・・2人の特徴はどうなんだ?」

「酒井主将は動きが俊敏、一瞬でも隙を見せたら容赦なく叩き込まれる。
 田井は体格どおりのパワーの持ち主だ、マトモに戦ったらまず圧倒されるな」

「なるほどな・・・正直、どっちが有利だ?」

「・・・おそらく田井だ、あいつはああ見えて隙をなかなか見せないからな。
 隙をうかがってばかりいては追い詰められる一方だし、
 接近してつばぜり合いなんかしたら押しきられて吹っ飛ばされるかもしれん。
 ・・・どうやら始まるようだぜ」

有児達はもちろん、剣道部員達もそれ以上に2人に視線を集中させていた。
剣道界最強の2人の決闘ともなれば、当然のことである。

「一本勝負、時間無制限、引き分けは無し、場外無し、打突部は木刀の全体、それでいいな」

「真剣勝負の木刀版というわけか、いいだろう・・・・・・礼はいるまい。伊藤、いつでも始めていいぞ」

2人はすでに構えている。
伊藤は緊張していたのだろうか、それとも勝負を始めるのがつらかったのだろうか、
顔をうつむけてなかなか始めようとしない。

「はじめっ!」

伊藤が意を決した瞬間、酒井の木刀が田井の面を強襲した。
田井は半歩だけ退くと、流すことなく木刀の根元で受け止め、そのまま押し返す。
酒井の身体は後方に吹っ飛ばされるが、右足で着地すると休まず攻撃に向かう。

「スピードで制するつもりらしいな、スタミナが持てばいいのだが・・・」

「大きい奴と戦う場合は一度有利な展開に持ち込まれるとつらい、剣道に限らずな」

堅が解説している間にも勝負は続く。
酒井は何度も打ち込んでいくが田井は冷静に防御し、前進し酒井を追い詰めていく。
徐々に壁に近づいていく酒井は田井を軸に円形に移動し、田井の胴を狙う。
防がれては下がり、防がれては下がる、俊敏な酒井ならではのヒットアンドアウェイ戦法である。
軸をずらした胴・小手打ちでひたすら隙を作り出そうとするが、田井は一向に隙を見せようとしない。

「おかしい・・・普通は身体の大きい相手には面打ちを中心に試合を組み立てるのが主将流のはず・・・
 胴ばかり狙っていては主将に隙ができてしまうのに・・・」

「裏をかいている、というのは考えられないのか?」

「いや、そうとしか考えられないが、メリットがわからないんでな・・・」

そうこうしている間に、とうとう酒井の1m後ろには壁というところまで追い詰められた。
田井の鋭い睨みが面の外からでも光ってよく見える。
そんな状況でまたも酒井は小手を狙い、防がれた。
酒井は残り少ない背後に飛び移ろうとし、
田井はここで追い討ちにかかるべく面打ちのかまえを見せる。
その時だった。

「どぉぉぉぉっ!!!」

酒井は後ろに退く間際に胴打ちを放つ。引き胴と呼ばれる技である。
面を打つべく田井が木刀を胴から離した瞬間だった。


しかし・・・

田井は右膝を地面にまでおろし、立ち膝の状態で引き胴を防いだ。
今まで静かだった田井がここで剣道家の本性をあらわす。

「それが来ると気付かん俺と思ったか!」

「思わん!」
「何っ!?」

引き胴を防がれた酒井はなおも後ろにさがる・・・

後ろは壁。

「そうか、そうだったのか!」

柳生が叫ぶ。

酒井は背後の壁を蹴り、高く舞い上がった。

「あれは実戦向けに編み出された主将の必殺技だ、三角飛びから超高速で振り下ろす!」

「くっ!」
田井は初めて声を荒げ、動揺を見せた。

「もらったぞ、田井!」

酒井の木刀が強烈なスピードで田井の面を襲う。

「主将の勝ちだっ、あの速さは避けきれないぞ!」

「メン!メン!!ゴメェェェェェェェェェェェェンッ!!!」

「御頭突きいぃぃぃぃぃぃっ!!!」

田井は木刀を右手に持ち空中の酒井の突き垂れに向けて、
手のひらに木刀の柄の先を乗せて押し出した。
田井の腕の長さを加えた木刀が落下する酒井を迎え撃つ。

ドスッ・・・

「な、なに・・・・」

酒井の木刀は田井の面を打つことなく酒井と共に地面に叩き落ちた。
田井の突きがほんの一瞬先に酒井を打ったのだった。



「今まで世話になったな」

「田井・・・本当に剣道をやめるのか?」

「お前に勝った、もう敵はいない」

寂しそうな酒井とは対称的に、田井は物静かな中にも満足げに見える。

「そんなこと言ったら俺はどうなる・・・俺にも敵がいなくなるだろうに」

引き止めているわけではない。
しかし、あまりに強力だったライバルが消えることが悲しいのだ。
ライバルが消えるということは目標が消えることでもあるのだ。

「・・・剣道を最強の武道にしてやってくれ、じゃあな」

田井が剣道部員達に背を向けて歩き出すと、誰も引きとめはしなかった。
そして迎え入れたのは野球部。

「んーと、周矢・・・だったっけか、これからよろしく頼むぜ・・・!」

「・・・ああ、・・・呼びにくければ田井でかまわん」

4月4週、元剣道家、田井周矢を加え現在部員5人。
残りわずかな期間で果たして4人もの部員を集めることができるのであろうか・・・

キャラクターデータ
田井周矢 右投右打、神主
FFEEF
弾道1
エラー率F
特殊能力:無し