第十四記:終止符(前編)

5月に入り、いよいよ大学野球も春季大会が間もない時期になった。
現在、部員は春瀬を除いて5人。
そんな5人がグラウンドで汗を流していた。

「よぉ有児、大会まで時間がねぇのに、なんで練習なんだよ。
 勧誘しねぇと大会どころじゃないだろ」

堅が不思議そうな面持ちで有児に問いかけるが、
有児は含み笑いを浮かべ、こう答えた。

「落ち着け、部長との約束はな、春季大会での1勝じゃねぇんだ、今年中の1勝よ」

「・・・なるほど、秋季大会にすべてを賭けるってことか?」
パワプロ6ではほとんどの人はこの方法だった!・・・多分(爆)
「ああ、今の段階で急いで部員集めたところで、もう手遅れってわけだ。
 この都市リーグでは、するめや仏契といったところはてんで弱いから
 先週までは望みは捨ててなかったんだがな・・・」

「そんなに弱いの?」

2人の会話に春瀬が首を突っ込む。

「まぁ、いくらなんでもただの素人軍団に負けるほどじゃーねぇよ。
 ただし俺の球を打てるか、と言ったら答えはNOだ・・・!
 堅、そうとわかったらキャッチングの練習おっぱじめようぜ」

「待って・・・!」

「ん、どうした?」

「あそこに見てる人がいる・・・もしかしたら入部を考えてるんじゃ・・・」

ネット越しに野球部を見ていたその男は、
自分が気づかれたと察したからか、その場を立ち去った。

「逃げられたか・・・案外、他の大学の野球部の視察だったりしてな」

「部員も揃ってない野球部に視察かぁ・・・贅沢なもんよね」

「まぁ、今はかまってる暇はない、練習だ練習」

「待てよ、俺、さっきの奴知ってるぜ!たしか、テニス部の佐家だったっけな」

参蔵の意外な言葉に有児の身体がピクリと動いた。

「ほう、となるとやはり入部の可能性あり、か。
 やっぱ部員が集まれば興味を持つ奴もでてくるってわけだな・・・!」

可能性があるならば動く。
目先の大会に出場しないにしても、早めに部員を増やしたい。
そう考える有児は、即座に作戦を考えた。

「おい、お前らよく聞け。今日の練習が終わったらテニス部の部室付近で張り込むぞ・・・!」

各々が軽くうなずいていたが、ひとりだけ黙々とバットを振り続ける男がいた。
田井周矢である。

田井だけは練習に専念させるか・・・意気込みは相当なものだ。
しかし、カタブツのあいつがチームに馴染むんだろうか。
チームプレイに支障がでなけりゃいいんだがな・・・

田井は野球部に入部して以来、誰ともロクに会話をしていない。
ただひたすらにバットを振っては首をかしげ、また振り続けているのだ。
その姿は、どこか他人を寄せ付けないオーラを放っていた。


日が沈み始めた頃、野球部は早めに練習を切り上げ、
参蔵の言う佐家という男を求めてテニス部に向かった。

「参蔵、佐家について、何か情報はないのか?」

「いーや、名前と・・・それと、家がすごい金持ちってことくらいだな」

「ふむ、金持ちにテニス部か・・・いかにもだな」

到着すると、一向はテニスコートを覗いて見た。

「ほら、あいつが佐家だよ。」

参蔵が指した人物は、他のテニス部と比べると小柄だが、
容姿や仕草からは落ち着きや品のよさが伺える。

「ほう、そこそこいい動きしてるじゃねーか。だが・・・」

「実力不足は否めんな。名門熱血テニス部なら、中の下くらいだろうぜ」

「だよな、キャプテンの斉藤をはじめ、巧い奴が本当多いよな、ここは」

「ちょっとぉ、テニス部を誉めてる場合じゃないでしょ!」

「そう焦んな、勝負はあいつの帰宅時だ。それまではテニス観戦といこうじゃねーの・・・!」

日が沈み、テニス部の練習が終わったのは9時であった。
貧乏大学に似合わずナイター設備が整っているからであるが、何より大会が近いからである。

「お前ら、そこで野球部が待ち構えてる。気をつけて帰れよ!」

キャプテンの斉藤が部員に向けてそう言うと、皆ぞろぞろと帰り始めた。

「ほぅ、さすがは斉藤。気づかれていたか・・・!」

「そりゃ何時間もいりゃ気づかないわけないでしょ・・・」

春瀬のツッコミを気にせず有児は佐家を追い始める。
佐家は途中までは他の部員とともに徒歩で帰宅していたが、
やがて別れ、暗い路地で一人になった。
明かりは故障して点滅する外灯と月の光だけ。
有児が、佐家を囲む合図をしようとした時であった。

「つけられてることはわかってるよ、僕は逃げるつもりは無い」

佐家はそう言うと、後ろを振り返った。

「物分かりがいいじゃねーか、早速だが・・・」

「野球部には入らない、いや、入れない・・・!」

佐家の単刀直入な先制攻撃。

「なにっ、入れないってのは・・・」

「僕の家のことは知っているかい・・・?」

有児は戸惑いながらも答える。

「金持ちということだけなら・・・」

「金持ち、か。ふふ・・・間違っちゃいない。
 大和時代から続く「佐」一族の家系でね、その中でも佐家氏は本家で、一族の長。
 天皇家並に長い間その名と財力を維持してきた家系なんだ。
 僕はいわゆるその御曹司といったところさ」

含み笑いを浮かべながら身の上を語る佐家に
今度は堅が問いかける。

「んで、それが野球部に入れないのとどう関係しているんだ?」

「明治時代以来、佐家氏はテニスを推進してきたんだ。
 これからはテニスの時代だ、とテニス用品の販売に力を注いでいた。
 日本をテニス王国にするほどの力の入れようだったらしい」

「ああ、そういやテニスラケットのシェア1位はSAMONだったな・・・
 あれはお前んちの子会社なのか?」

「そのとおりさ。それで、うちの一族は皆テニスをやってきた。
 テニスをするのが当たり前なんだよ。
 おそらく他のスポーツをやることは許されないだろう・・・というわけさ」

「まてよ、じゃあ何故昼間は野球部を覗いてたんだ、よぉ・・・?」

今までとは違い、個人間の問題ではないことに焦りを感じていたが、
堅は最も重要なことを問いただした。

「本当のところ、野球に興味はある。
 テニスも嫌いじゃないが、人生で数年くらい、泥臭いスポーツもしてみたいものさ。
 やがては家業を継がなければならないからね」

堅に説得を任せていた有児がピクリと動いた。

「だったらさ、やればいいじゃねーか・・・!家に縛られることはないだろ。
 お前が決断できないなら俺がお前の親父に話つけてやる・・・!」

「バカな!よしてくれ、これは佐一族の問題なんだ。
 君が話をするとかいう問題じゃないんだ、わかるだろ?
 それに僕はそこまでしてまで野球をやろうとは・・・」

佐家は焦り止めようとした、場が夜中の道路であることも忘れ。
親に他人から野球をやらせてもらえるよう説得してもらうなど、プライドの問題でもある。

「お前のためだけじゃない、俺が野球をするためにもお前が必要なんだ。
 そうそう諦めることはしたくないからな。絶対にお前に野球をさせてやる・・・!」

佐家は有児に何か凄まじいものを感じた。
ここで有児をこれ以上拒むことはできなかった。

「・・・勝手にしてくれ、ただし父上は礼儀を重んじる。それだけは注意してくれよ・・・!」

「恩にきるぜ。明日お前の家に行く、それでいいな」

父上・・・か、確かに礼儀は考えた方がよさそうだな。

続く