第十五記:終止符(後編)

有児と佐家は巨大な門の前に立っていた。
無論、佐家の屋敷の門である。

「ここまででかいとはな・・・さすがは名門といったところか」

「ふふ、しかし、本当に1人でいいのかい・・・?
 他の部員もいた方がいいんじゃないのかい?」

「こういう時は相手に弱みを見せちゃならねぇ。
 俺一人で何とかしてみせるから安心しろって」

門を抜けて、屋敷の中に入った2人は
佐家の父親の部屋に向かう。

「父上には、話があるから部屋にいるように頼んである。
 いつもは仕事でスケジュールが埋まってるんだけど
 今日はたまたま大丈夫だったみたいだ・・・」

「なるほどな、今日決まらなけりゃ終わりってわけか・・・
 そうだ、まだ名前を聞いてなかったな。俺は真黒有児だ」

「佐家圭一(さけ・けいいち)、2年。よろしく」

そうこう話をしている間に、いよいよ部屋の前に到着した。
大グループをまとめる会長であり、名門一族の長である男の部屋は
ドアだけを見ても何故か風格があった。
圭一はおもむろにノックし、「入ります」と声を出した。

父親相手にこうも緊張するものかのか・・・金持ちはわからんな。

ドアの向こうは広々とした部屋であった。
本棚には多くの本や事典が並び、その上には数々の賞状が飾られていた。
その中にはテニスのものもいくつか混じっていた。

「圭一、話とは何だ。む、君は・・・?」

圭一の父は、いかにも大グループの総裁らしい、
黒光りした大き目の椅子に座っていた。
身体はさほど大きいわけでもないが、どことなく威圧感を感じることができる。

「自分は熱血大学野球部の真黒です」

「野球部・・・?」

不思議そうな顔をする圭一の父に、その息子が話しかける。

「父上、単刀直入に言いますが・・・」

「野球をやりたいです」

単刀直入ではあったが、その口調は弱々しかった。
しかし父は落ち着き、先ほど通りの口調で答える。

「・・・それはどういう意味かわかっているのだろうな?」

「一族の伝統を崩すことは承知です、しかし」

「毎年恒例の天皇家の招待試合もできなくなるな」
当たり前ですが、現実にはそんなもんありません(爆)
「小学校の頃からやってきたテニスをそうそう忘れはしません。
 野球もスポーツ。運動神経も鈍りません、招待試合には参加します」

「野球部・・・か、お前が入部するならば出資もしたい。
 だが、熱血大学の野球部など聴いたこともないぞ。
 勝てない野球部に入ることは許さん」

断言された圭一が返答に焦っているのを察した有児は
すかさずバトンタッチを受ける。

「自分は野球の腕には自信があります。
 しかし現在は部員が足りなく、是非貴方のご子息の力を借りたく思います」

「野球はチームスポーツだ、君一人が上手くてもどうにもならんだろうに。
 部員が足りないとなれば論外だ、諦めなさい。」

「他の部の精鋭達が多く入部してくれています。
 技術はともかく体力は問題ないですから、将来性はあります。
 そして、人数さえ足りれば自分は彼らの技術を補う自信を持っています」

「信用できんな。それほどの力がある選手ならばもっと有名になっているだろう。
 あかつき大の猪狩守のようにな・・・!」

いつもどおりのペースで、強気かつ大胆に話す有児であったが、
否定しようのない無名である事実を突きつけられると、さすがに焦りを感じた。

「猪狩コンツェルンとは多くの分野でライバル関係にある。
 たとえ野球であっても猪狩に負けることは許さん」

自信家の有児と言えど、あかつき大学に簡単に勝てるほど甘くないことはわかっている。
いや、むしろ部員の成長を考慮しても歯が立たない可能性も充分あると感じている。
しかし、無論ここで諦める有児ではない。

「・・・こう考えてはいかがでしょうか。
 猪狩は子供の頃からずっと野球をしてきました。
 しかし貴方のご子息は文武両道の道を歩いてきたのです。
 そんな2人を天秤にかけるのは不公平ではないでしょうか」

「君はわかっていないな。
 天秤にかけるのは私ではない、世間だ。世間は2人の境遇まで考慮したりはせんよ」

その通りである。全容までは考慮にいれず、断片的知識で評価をするのが世間なのだ。
さすがの有児も、人生経験も知識も知恵も豊富な圭一の父の前では
自慢の話術がむなしくなるほどに軽々と論破されつつあった。

「私はな、息子のことを評価してくれる君を悪く思ってはいない。
 しかし、息子と佐グループのことを考えた上で拒否をするよ」

相手は自分を気づかう余裕さえある。勝てない。
可能性があるとすれば、たった一つ、と有児は考えていた。
カギは圭一本人である。
しかし肝心の本人は2人の会話に圧倒されて黙ったままであった。

真黒君・・・僕のため、いや、野球部と自分のためではあろうけど、
父上とここまで議論できるなんて・・・悔しいが僕ではついていけない・・・

「圭一、真黒君にばかり喋らせてどうする。
 よもや真黒君に野球を強要されたということはないな?」

真黒有児という人物を、圭一の父は見抜いていた。
また、父が最も話をしたいのは有児ではない、息子だ。

「そ、それは違います・・・アプローチは真黒君からあったのは事実ですが・・・」

「そもそも、何故野球がやりたいんだ。
 上手いとは言えなくとも、お前はテニスを楽しんでいたではないか」

「僕はやがて父上の跡を継ぐ人間です。
 人の上に立つ前に色々なことを経験しておきたい・・・」

「・・・真意ではないな。正直に堂々と話せ」

父の眼光が鋭く光る。
その何事をも見通したかのような、不愉快そうな目に、有児は一抹の希望を見た。

「佐家、こういう時は思いのたけを全部ぶちまけるんだ。
 お前の人生はお前が決めろ・・・!」

・・・そうだ。

「先ほど言ったことも嘘ではありません。
 しかしそれ以上に、単純に僕は野球がやりたいです。
 具体的な理由などなく、人間的直感で、です。」

ふっ切れた感のある圭一は思いのたけを吐き出した。
それでも父はあくまで落ち着いた表情で答える。

「直感で組織と伝統を動かすことは許さん」

「僕は組織や伝統に縛られるような度量のない人間になるつもりはない・・・!」

言った。
言ってやった。
圭一の眼光が鋭く光る。

「ふっ・・・・ふ、は、ははは!!!」

父の笑いと共に光は消えた。
有児は見た、隣の青年が我に帰って青ざめているのを。

「圭一、そこまで言えれば安心できるというものだ。
 好きにしろ、私からはこれ以上とがめはせん・・・」

「父上・・・?」

「ふっ・・・実はな、私も昔、野球をやりたくなったことがあったのだ」

父の口から意外な言葉が漏れた。

「しかし、言えなかった。親父には逆らえなかったからな。
 お前はそれを乗り越えた。嬉しいぞ・・・!真黒君、息子をミッチリ仕込んでやってくれ

場の重苦しい空気がようやく解き放たれた。
それと同時に、圭一の入部が認められたのだ。

「ありがとうございます、逆に仕込まれないよう頑張りますよ」

「ははは!君は大した男だ。もしプロ野球に入らなかったらうちに入社してもいいぞ!」

「ふふ、「もし」などないです、佐家君の力でプロになりますからね・・・!」

目上の人間には控えめになる有児であった。

その後も、3人は雑談で盛り上がること小一時間。
日が暮れ始めた頃、ようやく2人は大学のグラウンドに戻ったのであった。

「あ、真黒君おかえり〜、佐家君がここに来たということは、OKってこと?」

「よぉはる、なんとか圭一の親父さんを説得できたぜ。
 ところで、サボらず練習してたんだろうな?」

「んー、左場君はヘバってたけど、大体はちゃんとやってたよ」

有児は苦笑いしながらも、どこか安心したような表情を浮かべた。

「青太郎か・・・あいつはやめることばっか考えてるからな。
 そろそろ対策を考えておかないとマズいな」

「むぅ・・・1ヶ月・・・が条件だったっけ?もう過ぎちゃってるけど・・・」

「あいつは気が弱いから今はマジメにやってるが・・・
 基礎ばかりやってもつまらんし、かと言ってバッティングもできん。
 普通ならとっくにやめてる。しゃーない、機嫌でもとるかな」

「むぅ・・・真黒君って詐欺師になっても成功しそうよね」

「誉め言葉として受け取っておくぜ。おーい、青太郎!!」

有児はいつもの不敵な笑みを浮かべて、青太郎の元に駆けていった。
圭一と春瀬は有児の後姿を見て、ふとため息をつく。

「真黒君も大変だな、まったく大した男だよ」

「んー、性格悪いけど、どこか人を惹きつけるのよね。
 さて、佐家君は入部届書いてもらうから部室に来てもらおうかな」

続く

キャラクターデータ
佐家圭一 右投右打、スタンダード
FFFFG
弾道1
エラー率F
特殊能力:無し