第十六記:一石二鳥(前編)

「なぁ有児、知ってるか?」

部員の練習スケジュールを考え、机に向かっている有児の後ろに
いつの間にか立っていたのは忍者の末裔こと参蔵だ。

「ん、参蔵か。何のことだ?」

「最近、バスケ部が他の部に勧誘に回ってるらしいぜ!」

唐突な情報に、冷静に過去の情報を思い出した。

「ああ・・・そういや、バスケ部も野球部同様部員が少なくて廃部の危機だっけか。
 バスケ部は今何人集まってるんだろうな・・・」

「へへ・・・実はいまだに一人らしいんだ、これが」

「・・・こりゃ狙えるかもしれねーな」
2人の妖しい笑みが部室に異様な空気を生んだ。

その日の夕方のことだ。

「あぁ?もう一度言ってみやがれ!」

陸上部にかこまれて、一人の男が何やら騒いでいた。

「何度でも言ってやるさ、俺と勝負しろ!俺が勝ったら部員をわけてくれ、頼む!!
 それとも何だ、陸上勝負でバスケ部に勝負を挑まれて断ると・・・?」

「ちいっ・・・うちには高跳びのスペシャリストはいないんだよ・・・」

「あぁあぁ、スペシャリストじゃないと俺に勝てない?まぁ、陸上っつっても、いろいろあるからねぇ」

「てめぇ・・・・!いいだろう、勝負してやる!俺が勝ったらバスケ部は廃部だ、文句ないな!」

そんなやりとりが行われていた中・・・

「まてぃ!」

ヒーローアニメの主人公のごとく、会話に割って入った人間は誰もが知っていた男だった。

「ん・・・?お前は野球部の真黒だな?どいつもこいつもコケにしやがって・・・何のようだ!」

苛立ちを隠せないのは、陸上部の砲丸投げのエース・黒木だ。
そんな黒木をなだめつつも、視線は違う人物に向いていた。

「まぁ落ち着けって。お前、バスケ部の枡尊(ます たかし)だろ?」

「ああ、いかにも俺がバスケ部の枡だ。久しぶりだな、真黒有児。
 野球部を見る限りでは、どうやらお前のやり方が正しかったようだな」

「今更気づいても遅いぜ、お前は帰宅部相手に頑張って、結局入部者ゼロか。
 そりゃそうだ、この大学に来て帰宅部やってるような奴はスポーツなんてしねぇよ」


以前から、有児と同じく枡は部員の勧誘を行っていた。その際に知り合った間柄なのだ。
有児は他部からの勧誘に切り替えたが、枡は帰宅部からのみの勧誘を続けていたのだ。
その結果、入部者はなく、野球部に大幅に遅れをとって陸上部に出向き、今に至る。

「おい、そんな話はどうでもいいだろ!真黒、お前の用件はなんだ!!」

「ああ、お前達の賭けに俺ものろうってだけさ。
 枡が陸上部に負け、バスケ部が廃部になるならば、野球部に迎え入れたい・・・!」

黒木は安堵の表情を浮かべるが、その目はまだ警戒感に満ちていた。
有児の悪名は熱血大学の体育会にいるものならば誰もが知っている。

「なるほどな・・・一向にかまわんぞ。ただし、陸上部員には手をだすなよ!」

今、陸上部に勧誘を仕掛けたところで怒りを買うだけ・・・
陸上部はおそらく勝つだろう。問題は枡がこの賭けにのるか、だ。

「ほう・・・俺が負けると? ジャンプ力には自信があるんだがな。
 まぁいいだろう、とっとと始めようぜ、誰が来る?」

思いの他、すんなりと枡が賭けにのったことに驚いたが、
それほどに枡がこの勝負に全てを賭けている、そして自信を持っているということ。
それを理解した有児はますますこの男を野球部に迎え入れたくなった。

「岡本、ここはお前しかいないだろ・・・!」

黒木が指名したのは、陸上部・快速ランナー岡本だった。黒木とともに部を支えるエースだ。

「あぁ黒木。俺も高跳びが得意とは言えんが部でNo.1の自信はある。
 バスケ部ごときに負けはせんさ。室伏、準備しろ!」

陸上部員が勝負の準備をしている間に、2人が準備運動を始めた。
陸上部員は準備をしている者を除いて岡本の周りに集まっており、
枡の側には有児だけが残った。

「・・・しかし、よくこんな賭けをする気になったな」

「普通の手で部員を集める自信がなくなったんでな。
 これで駄目だったら大学辞めるつもりだったんだが・・・余計なことしてくれるぜ」

「まぁそう言うな、バスケは社会人まで封印して、野球部で体鍛えるのも悪くねぇだろ」

話をしているうちに準備が整い、いよいよ勝負の時が来た。

「ふっ・・・・せっかくだが、その好意は無駄だぜ、何故なら俺は勝つ・・・!」

2人がお互いに自信の程が伺える面構えだ。

「ちなみに、高跳びの世界記録は2.40m、ジュニアの日本記録は2.29mだ。
 俺の最高記録は2.00mジャストだ。いつまでその強気が持つだろうな・・・」

「記録なんざ言われてもピンとこないな、結果でハッキリさせてやるさ」

「まずはお前からだ。1.70m跳べないようなら勝負にならん」

「おいおい、初っ端から1.70かよ。あんまりバスケ部いじめるなよ」

黒木も先程の苛立った様子は影を潜めている。
岡本に対する信頼感と、勝負を目前とした時の素人に対する余裕だ。

「上等だぜ、低いバーを跳び越えても練習にもならんからな・・・いくぜ」

枡は低く構えてバーめがけダッシュした。
一応練習したのか、背面跳びで難なくバーを越えた。

「・・・やるな」

「やっぱ1.70mでも低すぎたんじゃないの?」

バスケットボールと言えば、高さがモノを言うスポーツである。
枡は身長が高いわけではないが、そのジャンプ力は相当のものだ。
もっとも、競技の特性を活かすならば、幅跳びの方が有利だったかもしれない。

岡本も1.70mは余裕で跳んだ。
続いて1.80m・1.90mも2人共突破した。

「バスケ部風情がここまで来るとはな・・・見直したぜ」

「俺をあなどったようだな、悪いが勝たせてもらうぜ」

想像してみてほしい、1.90mという高さを。
素人がこれを跳ぶということは、陸上部に限らずとも驚愕せざるを得ないはずだ。

枡がダッシュを始めると、場の全員が固唾を飲む。
ドのつく素人が2mを跳んでしまうのか―

枡の足が地面から離れた。
高く宙を舞う枡の体がバーに近づく。頭がバーを越える。
体が反り返り、上半身がバーの上を通った。

カランカランという音が鳴った。
確実に飛び越したと思われた枡の足がバーに触れ、落ちたのだ。

「な・・・っ、くそっ」

マットの上で頭上を見上げた枡の眉間にしわが寄った。

「残念だったな・・・陸上部に入っていればエースになっていただろうに。
 俺がコレを跳べば、バスケ部は廃部になり、お前は・・・」

「ちぃっ・・・野球でも何でもやってやるさ!
 だがお前も失敗するかもしれんからな。次は跳ぶ自信があるんだぜ?」

「ああ、お前は次は跳ぶだろうぜ・・・だが次は・・・」

岡本がバーをにらみつけ、走りだした。

「ない!」

続く