第六記:先輩、去る

1年間キャッチボールを続けてきた勝先輩の卒業式が終わり、
野球部の部室では、たった2人で送別会が行われていた。

「いよいよ先輩もいなくなっちゃうんですね・・・なんか寂しいなぁ
 俺のこと忘れないでくださいよ?」

有児はそこはかとない寂しさを覚えていた。
以前はあれほど引退を切望していたにもかかわらず、
コロッと変わってしまうのも滑稽だが、有児も人間だ。

「何言ってる、そんな調子じゃ部員集めはできないぞっ!
 心配しなくても、試合の時には応援にいくからなっ!」

「そうですね・・・ふふ、絶対日本一になってみせますから」

「その意気だっ!オレはヤルだけのことはやった。
 次はお前が部員を集めて日本一のチームに成長させる番だ。
 次のキャプテンは真黒!お前にまかせた!」

「はいっ!」

そう言って、勝先輩は野球部を去っていった。

野球の実力はともかく・・・先輩としては最高の人だったぜ。
先輩の期待を裏切らないためにも、新入生が入ってくるまでは
1人で練習して勘を取り戻さないとな。
燃えてきたぞ・・・!

有児はボールをにぎりしめ、
20メートルほど離れた塀(へい)に向かって思いっきり投げ込んだ。

ヒュンッ・・・・・・・パーン!・・・・・コロコロコロ・・・・

「な・・・なんだと・・・!?」

有児は愕然(がくぜん)とした。
全盛期・・・つまり、打者から鮮やかに三振の山を築いた
高校時代の速球に比べれば、今の有児の球はあまりにも貧弱だったのだ。

そんな・・・ランニングとキャッチボールの1年間で
こうも実力が下がっていたというのか・・・・・・・・ん?まてよ・・・

有児はようやく気がついた。

「だ、だまされたぁぁぁぁ!!まんまと先輩に!
 何が練習のありがたみだ・・・適当なこと言って随分ごまかされてきたっ!
 この1年間、とんでもなく無駄だったじゃないかぁぁぁ!!!!」

ようやく有児は勝先輩の魔術から解放されるとともに、後悔に押しつぶされそうになった。
・・・が、これ以上考えても仕方がない、有児は平静を取り戻した。

「と、とにかく・・・投げ込まないと。捕手が入部するまではこの塀に世話になるな・・・
 ああ、先輩よ・・・・うらむぜ」

3月後半から、有児は1年間のおくれを取り戻すべく必死に汗を流した。
かつての体のキレはなかなか戻らない、焦りはつのる一方だった。
そんなある日だった。

「よう、真黒!最近妙に気合はいってるじゃないか」

そう声をかけてきたのは、かつて勝先輩の勧誘を断り、
今ではサッカー部のキャプテンとなっている佐々木だった。

「おう、佐々木か。いいなぁサッカー部は。新入部員には困らないよな」

「そうひがむなよ、部員が増えてもいいことばかりじゃないんだ。
 あまり部員が増えるようなら減らさないといけないからね」

「えっ?」

「そこでだ、新入部員の数次第では君におこぼれをやろうってことだよ。
 あの先輩は苦手だったが、お前の頑張り様を見てるとほっとけなくてね」

常勝熱血大学サッカー部キャプテンだからこそ言える言葉だった。
王者の風格は野球部の有児から見ても偉大だった。

「ほ、本当か佐々木!俺は生きてて今ほど俺うれしかったことはないぞ!」

「あくまでも新入部員の数次第だがなぁ。
 それにそう何人も野球部にはいるとは限らん、
 野球に興味を持たせられるかどうかは君次第だからな」

「あ、ああ!とにかく、よろしくたのんだぜ!」

「ああ。 ・・・それから、ひとつ忠告しておくが」

「ん?」

「トレーニングは効率よくやれよ、タンパク質はすぐにとれ。
 効果は早くでてくるもんじゃない、焦って怪我したら元も子もないぞ」

「なるほどな・・・頭つかわないとなぁ」

「そういうこと。じゃ、俺からはそれだけだ」

そうか・・・佐々木のやつ、さすがだ。
たしかに俺が焦って怪我したら一巻の終わりだな・・・

佐々木はサッカー部の練習に戻っていった。
有児は、いっそ彼に野球部に入ってもらいたい、とも思った。
あの俊足はサッカー部の中でも際立っていた。
さわやかな性格といい、まさに風のような男だ。
・・・しかし、人のことを考えてる暇はない。
有児は新入生が入学する日に向けて、再び練習を始めた。

そしていよいよ入学式の日がやってきた。

続く