第七記:安直

4月1週、入学式の日である。
式が始まるのは9時なのだが、現在8時。
式場の入り口付近にたったひとり男が幟(のぼり)を持って座っていた。
その幟にでかでかと書かれた言葉、「野球部員募集」。
そしてその男、言うまでもなく真黒有児である。

ふふふ、フレッシュな新入生達よ・・・
大学で最初に見た部に運命を感じ、入部するがいい・・・!

なんともまた単純な発想ではあるが、どうやら自信があるようだ。
口説き文句は「すぐレギュラーになれる」に決めているようである。
そして、さっそく新入生と思われる男が1人歩いてきた。

「君君、大学ではいる部活とか決めてる?」

まずはセオリーどおりといったところだろうか。

「ええ・・・・と、いえ、俺は部活にははいらないつもりですけど・・・」

「そりゃないよ君〜、どうだ、大学生活4年間、野球に没頭したくないか?」

「あ・・・俺、野球したことないんすよ・・・」

「大丈夫大丈夫、君なら即レギュラーだから。ここだけの話、部員少ないんだよね」

「あ・・・そろそろ急がないと・・・」

新入生の焦りぶりは明らかだった、
しかし有児も、そうそうあきらめるわけにもいかない。

「まだ1時間もあるから急がなくていいよ、どうだい、俺のピッチング見てみない?
 もしかしたらやりたくなるかも・・・」

「急ぎます!そ、それじゃ!」

タッタッタッ・・・・

1人目、失敗である。が、その失敗はあまりにも大きかった。
今までの光景を歩きながら見ていた新入生達が
微妙に歩く速度をあげていることに有児は気がついた。

くっ・・・こりゃ、式場前勧誘作戦は失敗だな・・・
しかたない、次の作戦に期待するか・・・

次の作戦、その名は「他の部室前で勧誘作戦」である。
あまりに安直過ぎる名前だが、この作戦に有児は1番期待しているのだった。
が、しかし・・・・

「うちの新入部員とるんじゃねぇ!」

「困るよ君・・・他の部でやってくれ」

「野 球 部 必 死 だ な (藁)」

ことごとく、それらの部員に妨害され失敗した、当たり前だが。
そんなこんなで、結局すべての作戦に失敗した有児は、
あまりにショックだったのか1人部室でうなだれていた。

何故だ・・・何故こうも失敗する・・・もう方法はないのか・・・
・・・いや、この際もう方法は1つしかないな。
こうやってうなだれてもいれん、あきらめるわけには・・・

有児が立ち上がり、以前から大学の至るところにはっていた
部員募集の張り紙のあまりを持って向かった場所とは・・・

コンピュータ同好会である。

「あ、君は朝っぱらから部員募集してた野球部の真黒だろう」

そう真っ先に話しかけてきたのは、部長の中村だった。

「ここに何をしに来たんだ、まさか勧誘とは言わないだろうね」

中村は、ちょうど新入部員に入部届け用紙を配っているところだった。

「ああ、その勧誘だ、どうしても部員が欲しい。
 誰か野球に少しでも興味があるなら 力を貸してほしいんだ」

用紙を配り終わった中村は素っ気なく言った。

「ああ、ご自由にどうぞ。うちの部員に野球やる奴がいるとは思えんがね」

中村の言うことは正論だった。いかにここ数年、
部員が徐々に増えてきているコンピュータ同好会とはいえ、
スポーツを大学に来てまでやりたくない、という部員が多いのだった。

が、こんな部員もいた。

「君、最高球速は何キロ?変化球はどれくらい投げれる?」

「ん?147キロが最高だな、変化球はカーブだけで高校は乗り切ってきたぞ」

「なんだ・・・大したことないな・・・カーブの変化量は?」

「なに・・・大したことない?まさか君野球やってたのか!?」

有児は自慢の球速を大したことがないと言われたが、
怒りよりもむしろ期待の想いが強まっていた。
もはや藁(わら)にもすがる思いだった。

「あ、いや、ゲームでしか知らないから・・・」

「ゲームで充分だ!見てみるだけでいい、部室に来てくれ!!」

有児は彼の手を引っ張り、無理矢理部室まで連れて行った。

「・・・あいつ、戻ってこれるかなぁ・・・いい奴だから断れないかもなぁ・・・」

中村はため息まじりで彼の安否を気づかった。


「あの・・・僕はてんで運動音痴なんで・・・」

「大丈夫大丈夫、まずはキャッチボールができればいいからさ」

「キャッチボール・・・小学生の頃はできませんでした・・・それっきりです」

「うーん、体が大人になるにつれて、知らないうちにできるようになってるもんだよ」

「そうでしょうか・・・」

「そういや、名前なんて言うの?」

「左場・・・左場青太郎(さば せいたろう)って言います、ちなみに2年ですよ」

「へぇ、いい名前だね、漢字がわからないからここに書いてみてくれる?」

有児は机においてあった紙とボールペンを青太郎に渡した。

「はい・・・・・・・って!?」

青太郎が名前を書き終わってから気づいたその紙は
どこからどう見ても野球部の入部届けであった。

「いや、あの・・・僕入るつもりないんで・・・」

「じゃあ、この際仕方がない!1ヶ月、1ヶ月だけ頼む!
 1ヶ月で野球が面白くなかったらあっちに戻っていいから入部してくれ!!!」

ようやくつかんだチャンス、これで駄目なら恨む・・・・・・・!

「い、1ヶ月ですか・・・」

ハメられてる気もするけど、可哀相な気もする・・・
・・・もし1ヶ月やって、退部を拒否したら大学側にかけよればいい・・・か。

「・・・わかりました、1ヶ月だけですよ」

「感謝する・・・・1ヶ月で野球の魅力を全力で君に叩き込んでみせるぜ・・・・・・!」

4月1週、熱血大学野球部 部員数、現在2人!

続く