第九記:不条理

部長との約束を交わしたあの日の夜、
帰宅した有児は眠りながら次の日の作戦をたてていた。

なんてったってマネージャーがはいったのは大きいぜ・・・
この際動機がなんだろうが、何がなんでも入部してもらわにゃな。
明日のターゲットは捕らえたも同然・・・!
不気味なうすら笑いを浮かべながら、有児は眠りについた。
すでに新しいメンバーをGETしたつもりでいるらしい。


次の日、有児、青太郎、春瀬は部室に集結した。
有児は部員募集の貼り紙を大量に抱え、声を荒げた。

「今日のターゲットは相撲部だ!もちろん3人で行くぞ、
 たどり着くまでにすれ違う人にはこれをくばりまくる!」

「相撲部かぁ・・・なんで相撲部にしたの?」

「相撲部ってのはな、キツい練習が特徴だ、深くは知らんが野球部以上かもな。
 そろそろやめたがってるやつが結構いるかもしれん、それに・・・」

「それに?」

「い、いや、こっちの話だ、とにかく行くぞっ!」

2人が不思議がる暇もなく、相撲部へと向かい始めた。

「真黒くーん、もうちょっとゆっくり歩こうよ〜」

「そうだよ、焦る気持ちはわかるけどさ・・・」

「るせー、わかるんならもうちょいサッサと歩くんだよ!」

「むぅ・・・」

真黒君って結構自己中よね・・・
こっちは仕方なく入ってるんだからもうちょっといい扱いしてくれてもなぁ・・・

などと、密かに2人が不信感をつのらせてる間に有児は足を止めた。

パーン!

へぶしっ!!

相撲部ではぶつかり稽古が行われていた。
この辺りは、この音と剣道部の絶叫でなかなかうるさいのである。

「そーら、ついたぜ、お前らは特に何もしなくていいけど、とりあえず入るぞ」

そういって有児は熱気のこもった相撲部に足を踏み入れた。

「山田!ちょっといいか?」

山田・・・熱血大学の誇る相撲部の主将である。
大学相撲界の中では巨体とは言えないが、その腕から繰り出される技をみれば
頭の大銀杏も決して伊達ではなく、すでに大相撲でも通用すると言われている。

「なんだ、野球部の真黒か・・・わしらは大会に向けて忙しいんじゃ、邪魔するな」

「へへ、悪いが邪魔させてもらうぜ・・・誰か、野球に興味あるやつはいるか!」

相撲部員は全員一瞬ピタリと動作をやめて、怒鳴った有児に視線を集中した。

「何を言い出すかと思えば・・・引き抜こうという魂胆か、
 わしも部員集めには苦労したんじゃ、そうはさせんぞ」

「こっちにはマネージャーもいるぜ!相撲部じゃ華がないだろ、
 君らの大学生活はそれでいいのかっ!!」

「えええ!?」

春瀬はようやく有児の作戦に気がついた。
怒ったのか照れたのか、とりあえず赤面した。
しかし状況は春瀬など気にしない。

「・・・・なるほど、そのテで来たか、しかし甘いのぉ真黒よ!」

山田は有児をあざけるように笑うと、土俵の向こうを指差して怒鳴った。

「あれがうちのマネージャーじゃっ!わかったらとっとと失せろ!!」

山田の指の向こうには、1人の女性が座っていた。
容姿端麗、人当たりもよさそうだ。
マネージャーで引き抜きを企んでいた有児であったが、
春瀬では勝ち目がないと瞬時に悟った。
しかし、まだ自信の笑みをうかべながら第2の作戦にでた。

「ならば・・・君ら、相撲部の厳しい稽古に不満をもっていないか!
 野球部は無茶な練習はしないぜ、しかも相撲部のパワーなら即4番だ!」

むぅ・・・またそんな嘘ついちゃって・・・
しかもパワーだけでは野球はできないってわかってるくせに・・・

しかし、そんな春瀬の心配はまたも無駄に終わるのであった。

「ふははははは、お前は相撲部をなめているのか!
 わしらはマネージャーの科学的で精密な計画にのっとって稽古しておるのだ。
 野球部みたいに夜中まで大声はりあげて練習する馬鹿な部ではないわ!」

「くっ・・・昨日のことを知っていたのか・・・!」

「わしは大学のすぐそばに住んでるんじゃ、嫌でも気付くわ!」

完全に打ちのめされた有児は、さすがに次の言動に悩み焦った。
春瀬も、さっきから黙ったままの青太郎も、弁護のしようもない。

「わかったら帰れ!相撲部には日本一という目標が・・・」

「はいってやるぜ野球部!」

山田が威勢よく声をはりあげた次の瞬間だった。

「な・・・・なんのつもりだ堅・・・!?」

「ただしだ、勝てそうもない部にはいるつもりはねぇ、
 ここはひとつお前の実力のほどを見せてもらおうじゃねーの」

堅、と呼ばれた男は徐々に歩み寄りながら有児にそう言った。
この男も山田同様大した巨体ではない、有児とほとんど同じ身長である。

「いいだろう・・・俺の剛球を見せてやる。
 そこにいるやつは入部したばかりで、まだ俺の球を捕れるほどじゃねぇ。
 何か的になるものはないか?小さくてもかまわんぜ」

堅は有児の前に立つと、こう言った。

「グラブを貸せ、俺のかまえた場所に投げろ。
 それから・・・花田、スピードガンもってこい!」

「なるほどな。しかし相撲部にスピードガンなんてあるのか?」

「立会いの速度を計るのによく使うんじゃ、近代相撲とはそういうもんじゃ。
 しかし堅、お前が抜けては我が相撲部は痛いんじゃ・・・何が不満だ?」

「俺よぉ、ガキの頃からずっと相撲やってきて、名門熱血に入学したのはいいが
 どうもな・・・ここの稽古は俺のガラじゃねーんだよ、1年間やってきた限りではな。
 他の大学入って、お前を敵にしてたらずっと相撲漬けだったんだろうが・・・
 ・・・・そら、きやがれ!」

「そこだな、よーし・・・・しっかりうけとめろよ、キャッチャーミットじゃないから痛いだろうがな・・・!」

堅のかまえたグラブをにらみつけると、有児はパフォーマンスも意識していたのか
思い切りふりかぶった。そして、ゆっくりと上げた左足の先が胸近くに達した。
周りは静かに目線を有児に集中させた。

真黒君のフォームってあんなのだったのか・・・まるでマンガだよ・・・

「いくぜっ、必殺のストレートォォォォォッ!」

有児が叫び、左足が地を踏み、右腕が振り下ろされた次の瞬間、
轟音とともにボールは堅のグラブに収まっていた。
静寂の中、あわてふためく山田が真っ先に口を開いた。

「・・・花田、何キロじゃった?」

「・・・146キロです」

「・・・それってすごいのか・・・?」

「・・・さぁ」

収まったはずのボールはポロリとグラブからこぼれ落ちた。

「・・・はいってやる、野球部」

堅は立ち上がって有児にボールを投げ返した。
グラブをはずしてむき出しになった手は少し赤くなっている。

「部室に連れてってくれよ」

「まて、その前に!
 誰かこいつと野球部についていくつもりはないか!今の相撲部に不満を持つものは!!」

1人で満足しないところが有児は抜け目がない。
しかし・・・

「俺は不条理な練習で怪我するのはゴメンだ・・・」

「俺は野球には興味ないからよ・・・」

「堅がいなくなったから団体戦にでれる機会ができた、やめねぇよ」

野球部にはいろうという者はひとりもいなかった。

「本当に行ってしまうのか・・・、堅、落ち着いて考えるんじゃ、
 わしらは団体競技が苦手なんじゃ、野球なんぞやっていけるとは思えんぞ!」

山田は粘る、相撲部における堅はおそらくかなり腕がたつのであろう、
山田の堅への信頼は相当なものだ。

「俺には少々不条理な部が合ってるんだ・・・昔からそれでやってきた」

「ならば稽古をお前に合わせる!それでもダメか・・・?」

「・・・マネージャー泣かせるなよ、山田。
 じゃ、退部届けは今度だしておくからよ、元気でな」

堅は有児達のもとへ歩み寄り、そして4人は相撲部を後にした。

「ち・・・ちくしょおおおおおおお!!」

山田は地団駄を踏んだ。

「お前ら、今日は猛稽古だ!いいか、不条理なほどにやるぞっ!!!」

続く

キャラクターデータ
佐原春瀬 左利き
マネージャー。